ある日の朝、自宅の前の道路に黄色い重機と数台の作業車が現れ、大がかりな水道管工事が始まりました。最初は作業音や大型車の出入りに少し戸惑いを感じたものの、工事の案内板を読み、作業員の整然とした動きを毎日眺めているうちに、私の心境には大きな変化が生まれました。それは、普段意識することのなかった水道というインフラに対する深い感謝の念です。工事期間中には、古い管から新しい管へ切り替えるための一時的な断水が予定されていました。その数時間をどう過ごすかを考えるだけで、いかに生活のあらゆる場面で水が不可欠であるかを痛感させられたのです。料理、洗濯、トイレ、そして何気ない手洗い。水が使えないという状況は、現代社会においてこれほどまでに心細く、不自由なものかと驚かされました。実際に工事が本格化すると、アスファルトが重機で力強く剥がされ、深い溝が掘られていきました。そこには何十年もの間、私たちの家庭に休まず水を運び続けてきた古い管が姿を現しました。土にまみれ、錆びついたその姿を見て、これまでの長い歳月を静かに支えてくれたことに労いの気持ちさえ湧いてきました。新しく運び込まれた管は、以前のものよりもはるかに頑丈で美しく、これからの数十年間、私たちの子供や孫の世代まで水を届けてくれる重要な役割を担うことになります。現場の職人たちは、深い土の中に潜り込み、ミリ単位の精度で巨大な管を接続していきます。その真剣な眼差しや、一滴の漏水も許さないというプロフェッショナルとしての強い責任感が、作業の端々から伝わってきました。工事が終わる夕方には、掘り起こされた道路は丁寧に埋め戻され、仮舗装が施されます。翌朝、再び蛇口をひねったとき、そこから流れ出る水は昨日までと同じ透明な水でしたが、私にはそれが以前よりもずっと貴重で輝いているように見えました。水道管工事という日常の風景は、私たちに水の価値を再認識させてくれる貴重な機会でもあります。便利さが当たり前になっている現代だからこそ、こうした地道な維持管理の現場に目を向け、インフラを支える人々に感謝の気持ちを持つことが大切だと改めて感じた数日間でした。
家の前で始まった水道管工事を眺めて気づいた水への感謝